Manila 2015 フィリピン

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2015/08/28-30 フィリピン マニラ

2015/08/29 アジアンマスターズ二日目 団体戦

2日目、私の試合はエペ団体、午後からです。 前日は9時からの試合でしたので、朝食はかなり軽めに済ませました。前日の朝食ブッフェには手作り風のコンビーフがありました。昔からコンビーフの缶詰が好きで・・・・。 前日は少しだけで我慢しました。この日はがっつり食べていくつもりです。 でも、ありません。朝食ブッフェの内容は前日とほぼ一緒ですが、一部、入れ替えがあるようです。前日はそこそこ美味いと思ったのですが、この日はイマイチと感じます。

10時過ぎに会場に向かいます。送迎を待っていると、中国系と思われる人が挨拶してきます。すぐには誰かわかりませんでしたが、シンガポールのジャージを着ていることに気がつきます。それで昨日、対戦したシンガポール選手と気がつきました。中途半端な時間ですので送迎のワゴン車には私ともうひとりの日本選手とシンガポール選手の3人です。シンガポール男子選手は2名のみの参加で団体には出ることができないとのことです。女子サーブル選手のサポートのため、会場に行くとのことでした。もうひとりの日本選手が「11月に東京で日本ベテランがあるから来てください」と言うと「俺は今、上海に住んでいる。上海と東京はすぐだから必ず行くよ。詳細教えろ・・。」と嬉しそうに言います。私も上海と東京が遠いとは思いませんが、「上海でベテランの試合があるよ。」と言われても同じ反応はしないよな・・・と思っているうちに会場に着きます。この日は土曜日です。前日ほどの渋滞はありません。 会場につくと、ジャージ姿の私に、フルーレの装備をした台湾選手が「今日は出ないの?」と聞いてきます。「エペしかやらないから。」と答えます。 男子エペ団体の組み合わせが張り出されます。日本からは2チームです。 Japan-Aは第一シード、ベスト4トーナメントからですので最初からメダル確定です。 私のJapan-Bはイランとメダル掛けの試合です。 イランチームは試合開始の30分くらい前に会場に現れます。この試合期間、会場入り等では日本チームがいつも出足が早く、イランチームはいつもゆっくりです。 昨日対戦したイラン選手に声を掛けます。彼も出るそうです。 この時点では、勝てると思っていました・・・。

8/29、午後に男子エペ団体戦が始まります。 今回の団体戦のレギュレーションは「チームメンバの中で若い3人の合計年齢135歳以上(女子は120歳以上)」です。平均年齢45歳でチームを組むことができます。今回のTeamJapan男子は45歳以下の参加者は1名だけです。今回のTeamJapanは大半が50代以上で他国の40代中心のチームと戦うことになります。ちょっとキツいレギュレーションです。
1回戦イランとの対戦は私の試合から始まります。相手は40代の選手です。 こっちが出て行くと相手はにエンドライン近くまで下がります。 押し出しできそうな感じですが、エンドラインぎりぎりのところに留まっています。 相手ベンチも大声を出します。当然、後ろがないと言っていると思われます。 相手のエンドラインに張り付いたまま、膠着しています。 審判がノンコンバットビリティを告げます。 0対0で終わります。相手も不満そうです。不満ならお前ももう少しなんかしてこいよ。と思いながら交代します。 イランには40代になったばかりの元ナショナルチームメンバの強い選手がいます。 その選手との対戦を含めて第2試合から第4試合までは私以外の2人がイランと対等に戦います。 私以外の2選手で15対14、1点差で私に廻ってきます。 次の相手は前日、私が勝っている選手です。 ここで試合を壊してしまいました。 展開自体は前日と変わりません。相手が仕掛けてきて、私がパラッドリポスト、さらに相手がルミーズを残そうとするという展開です。 パラッドはできます。パラッドまでは私の勝ちパターンです。 でもリポステが決まりません。相手のルミーズが決まります。 相手のリポステされた後の踏み込みが前日より早く大きいです。

相手は戦略や戦術を変えてきたわけではありません。でも前日と同じタイミングで 決めることができません。結局、相手に6本取られ、私は1本のみ。 相手は団体戦のほうが気持ちが入るようです。完敗でした。 その後、点差は縮まらず、最後の試合は私とイラン最強の選手です。 この試合も1本しか取れずに簡単に負けてしまいます。 スコアは45-23、完敗です。このあと、イランチームはJapan-Aにも勝ち、優勝します。 結局、私のアジアンマスターズは目標に到達できずに終わりました。

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